スマートロック元年と呼ばれる2015年から約3年が過ぎた――。
当時からBtoCモデルとしては成立しにくい、BtoBでも導入前の段階から障壁があるなど、課題のみが先行し、一般的な普及に向けては二の足を踏んでいるような状況が続いていた。事実、筆者も2017年11月現在、スマートロックに関しては導入していない。
錠前と鍵の歴史を遡ると、約6,000年前のメソポタミアにまでたどり着く。そんな太古の時代から、鍵前と鍵は財産を守る最前線のアイテムとして存在し、人々の安心を守り続けてきた。そんな鍵前と鍵が今、新しい一歩を踏み出そうとしている。
2017年11月9日(木)に東京都千代田区のDMM.make AKIBAで、『tsumug』サービスおよび初の量産製品発表会を開催した。
同イベントは、新サービスである次世代型Connected Lock『TiNK』のデモンストレーションと、パネルディスカッション「スマートロックに未来はあるのか?!」の2部構成だ。
《登壇者》
株式会社アパマンショップホールディングス 代表取締役社長 大村浩次氏
さくらインターネット株式会社 代表取締役 田中邦裕氏
シャープ株式会社 研究開発事業本部 オープンイノベーションセンター 所長 金丸和生氏
株式会社メルカリ 取締役 CPO 濱田 優貴氏
Mistletoe 株式会社 ファウンダー 孫 泰蔵氏
株式会社 tsumug 代表取締役社長 牧田恵里さん
モデレータ:株式会社 tsumug 取締役 小笠原治氏
シャープの量産アクセラレーションプログラム第一号企業に『tsumug』が抜擢されたことや、米aferoのjeo britt氏のアドバイザー就任、2018年リリース予定の『Merchari 』との連携など多くの発表が行われた同イベント。
ここでは、次世代型Connected Lock『TiNK』とパネルディスカッションの模様を届ける。今後、スマートロックの未来はどう描かれていくのか。この点を紐解いていく。
目次
次世代型Connected Lock『TiNK』3つのポイント
「鍵をスマートに開けることがスマートロックなのか?」
『tsumug』の代表取締役社長・牧田恵里さんはこの言葉をイベント参加者に投げかけた。そして、自身の原体験から『TiNK』は誕生したと説明する。
「仕事を終わって帰宅すると、部屋に違和感を感じた。実際には、以前の交際相手が勝手に合鍵を作って部屋に入っていたことが分かった。その感、ずっと恐怖を抱いていた」
この原点から誕生することとなった『TiNK』は、飛躍的な進化を遂げることになる。具体的に説明すると3つのポイントが挙げられる。
【1】物理鍵の排除とワンタイムキー
【2】通信機能に「sakura.io」と「afero」を採用
【3】大容量バッテリーの導入
まずは、【1】について。『TiNK』は、既存のシリンダー錠を取り外し設置するスマートロックデバイスだ。既存のスマートロックとの大きな違いは、物理鍵を排除している点にある。解除する手段は、スマホアプリ・NFC・Felica・パスコードのみ。結果的に物理鍵を用いることに万が一の場合の安心感は生まれるが、そもそも導入する意味付けは薄れてしまう。この点は英断だと言えるのではないだろうか。また、家族や恋人、友人毎にスマートロックの解除コードを付与できる。入退室履歴についても随時、インストールしたスマホアプリにプッシュ通知が届く仕組みとなっている。
【2】関しては、「T!NK」シリーズのコネクティッドを実現する通信は、さくらインターネットの「sakura.io」と米aferoが提供する「afero」を導入している。この2社との連携により、非常にセキュアで強固なセキュリティを実現したと言えるだろう。また、『TiNK』は、さくらインターネットのプロコトルライセンスを導入した第1弾プロダクトだという。この実績からも『TiNK』の期待度がうかがえるのではないだろうか。
最後に【3】だ。物理鍵を排除しているデメリットを解消するために、電源の持ちは非常に重要なファクターとなる。そこで、同社が用いたのは、4000mAhの大容量モバイルバッテリーだ。同バッテリーは2個内蔵可能となっており、交換しながら充電ができる仕組みを実現した。また、電池残量に関してもプッシュ通知が届くため、利用者の気づいたら電池がなくなっていたという状況を未然に防ぐことができる。
また、標準の機能として補足すると、オートセキュリティ機能、キーシェアリング機能、ワンタイムキー発行機能、帰宅お知らせ機能、シニア見守り機能などが設定されているという。
シンプルに言えば、鍵の貸し借りを便利にし、介護や育児の領域でも安心感が高まるといったところだろうか。
こうした機能を強みに持つ、同社とタッグを組むのは2017年4月にオープンイノベーションによる革新的なビジネスモデルの構築の為、Apaman Real Estate Technologyを設立したアパマンショップホールディングスだ。
賃貸の空き家物件に設置することで、内見業務の効率化や物件価値の向上を目的に2021年までに100万世帯への設置とサービス提供を目的にしているという。
物理の鍵よりも安全性を生む
大手ディベロッパーと組むことで、一気にスマートロックの普及を狙う『TiNK』は、パートナー企業と連携することで、以下のようなサービスラインナップも構想しているという。
1.ホームコントロールサービス
家電と連携することで、自宅を出た瞬間に家電をコントロールする
2.宅配配達サービス
自宅の玄関を一度だけ開けることで、配達される荷物の受取問題を解決する
3.玄関集荷サービス
2とは逆に荷物の集荷や梱包までを行う
4.不在時家事サービス
家主の外出時にハウスキーパーを派遣可能にする
5.ホームセキュリティサービス
警備会社と連携し、家主の帰宅前に警備員を派遣する
スマートロックが普及することで、生活は大きく変化するのかもしれない。そんな未来を想像してしまうサービス郡だ。だが、ここで1つの疑問が浮かぶ。そもそもサービス誕生の原体験としては性悪説に基いている印象を受けていたためだ。
誰かが勝手に家に入っている状況を把握するためのサービスとして生まれたはずの『TiNK』。ここから、パートナー企業と組んだ途端に、玄関の鍵を明け渡す方向に変わっている。
今現在、自宅の鍵をこのような形式で明け渡すことに対して恐怖心を抱く方も多いだろう。この点について牧田さん、『tsumug』の取締役を務める小笠原治氏はこう補足する。
「『TiNK』誕生のキッカケは物理鍵の使い方から発生しています。セキュリティという意味での性悪説です。ただし、『TiNK』については信用の証がデジタルでやり取りされるものだと考えています。セキュリティという意味での鍵が信頼で認証を渡すことに進化していくのだと考えています」(牧田さん)
「例えば宅内配送の受け取りですが、定額の保険を設けることを考えています。また、カメラを用いた生体認証についても、実現可能です。録画と保険が合わさることで、物理の鍵よりもよっぽど安心だと思います。ただ、単純に性善説という発想にはなりません」(小笠原氏)
ただ単純に鍵を置き換えるだけではなく、生活そのものを変化させる。そんな可能性が『TiNK』にはあるのかもしれない。
家・オフィスのあり方が変わる!?
デモンストレーションが終了し、パネルディスカッションへ移るとMistletoe ファウンダー孫泰蔵氏がスライドを提示した。タイトルは「AGE OF THE COMMONS」だ。
従来は公共施設と呼んでいたが、これからはオフィスや家も大きく変化すると孫氏は説く。オフィスの定義やVRの普及による対面ミーティングの減少。多くの価値が変わっていく可能性がある。現在、コワーキングスペースが話題になっているが、その先には、ミートアップスペースとして進化するという。
「すでに知ってる人たちとのやり取りはメール、Slack、メッセンジャーで十分。物理的に集まる理由は、予期しない出会い。この出会い求めるために人々は集まっていく」と孫氏はいう。そのためには、最適化された空間の設計やデザインが必要となる。
そして、この流れが家にも波及すると孫氏は予見する。20世紀までの家はプライバシーという概念があり、家族のみが存在する場だった。ただし、今後はプライベート、セミオープン、オープンな空間が混在しソーシャルな空間になるだろう、と。
この前段階として、アメリカでは『Airbnb』で貸し出すことを前提として設計された家が登場し始めているという。その際、ドアのセキュリティ認証が重要になる。こうした状況になると、『TiNK』の真価が発揮されるのだ。
アパマンショップホールディングス 代表取締役社長 大村浩次氏によると、シェアハウスの10年分の着工予定工数を1〜2年で実現するほどにニーズが高まっており、こうした新しいコンセプトについても要望が挙がっていという。
従来は行政が導入していたパブリックスペースだが、今後は社会システムを含めた変化の可能性があるのだ。
住むから暮らすへ。21世紀型の生活が実現する日はそう遠くないのかも知れない。
『TiNK』の強み
改めてスマートロック『TiNK』のアドバンテージについて説いたのは、メルカリ 取締役 CPO 濱田優貴氏だ。
同氏は『Merchari 』が提携先として『tsumug』を選んだ一番の要因に、LTE通信モジュールを搭載していたことがあると述べる。ただ、スマホで解錠するだけでは意味がない。あくまで、セキュアへの強いこだわりがあったという。
「スマートロックの未来というよりも僕は、『TiNK』に未来があると思う」(濱田氏)
パネルディスカッションの終盤、牧田さんはパネルセッションについて感謝の辞を述べた。
「私たちの社名である『tsumug』には、1人できないことをサポートしてくださる方々と紡いでいきたいという思いが込められています。私は最初に太蔵さんのところで、スタートアップのサポートをしていました。そこで、『ビジョンを大きく、大志を抱け』ということを教えていただいて、この場にいます」(牧田さん)
『アパマンショップホールディングス』、『さくらインターネット』、『SHARP』、『メルカリ』。『tsumug』が生み出した新しい可能性に対して、多くの意志が集まり、本日のイベントにたどり着くことができた。これまでもこれからも簡単な道じゃない。だからこそ、追い続けたい。そんな熱い思いを受け取った。
スマートロック元年と呼ばれる2015年から約3年。これから『tsumug』の生み出すサービスがどう世の中を変化させていくのだろうか。
スマートロックが普及するトリガーは鍵前・鍵の概念が変化することではない。スマホのように自然と普及し、人々の生活を変えているのではないだろうか。
書き手:yuki kawano 採用人事を経験後、求人広告制作を歴てエンジニア向けWebマガジン『エンジニアtype』の編集者へ。その後、エンタメ系企業にてプロダクトマネジャーを経験後、フリーランスとして独立。 Twitter: kawano |
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